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∞ 母の葬儀編:四十九日と新居に父がやってきた ∞

昨日母の四十九日の法要が無事終わりまして、ホッと一息。
1週間後にお墓関係の集まりがありますが、それが終われば春までは何もすることがない感じです。
母の遺骨を高野山の先祖代々のお墓に分骨するのですが、雪で車ではいけなくなってしまうのでヽ(。・ω・。)ノ
春になっても改修何周年かの記念行事があるとかでもしかしたらもっと遅くなっちゃうかもしれません。

余談ですが、高野山の金剛峰寺の奥の院に入る手前の細い道を少し行くと「みろく石(だったかな・・・・)」というものがあるのです。祠みたいな小さい格子状の木枠で囲まれた中に、黒く大きい石が入ってるんです。
中に手をいれられるようになっていて(大人なら片手)その中の石を触ることが出来ます。
中は段差が付いていて、そのみろく石を高い段差に片手であげることができれば・・・・

なんだったっけ・・・・( ´_ゝ`;)

たぶん、願いがかなうとかそんなんがあったような?w
高野山の奥の院に行く機会があれば寄り道して挑戦みてください。

力で持ち上げようとすると重いです(。・ω・。)
持ち上げられそうなのに、持ち上がりません(中腰になるので力が入りにくいのかも)
昔、父は上げてた気がするのでどうもコツがあるようなのですが、面白スポットです。
パパも挑戦してた気がするけど持ち上がったかはおぼえてません。

小さいころから高野山の参道の雰囲気が好きで独身時代は車に乗ってフラリとよく行っていました。
よく考えると墓ばっかりの中をひたすら歩くだけなんですけど、苔生した参道の脇には杉の大木がズラーっとあって荘厳な感じがしてリフレッシュできる場所なのです(。・ω・。)
参道の入り口の方は個性的な企業のお墓なんかがあって見ていておもしろかったりします。

んで、今日父と弟2がお墓の段取りを聞くために菩提寺にいってきまして、その帰りにうちによることになりました。
弟2いわく、弟1の前ではいえない話があるそうなので・・・。

母が亡くなり、父はめっきり弱ってしまい(精神的に)なんというか「どうしよう(`・ω・´;)」って感じです。
今すぐどうこうってわけではないんですけど、元々めんどくさがりなのですけどもっとめんどくさがりになってる(精神的に)というか・・・。
原因は弟1なんですけどね・・・。
分かってるんですけど、鬱だといわれると何も出来ず言えず、耐えるのみ。
相手は言いたいことガンガン言ってくるのに言い返せないストレスなんでしょうかね。

母の病室の枕元で「変わるなら今でしょ」と諭したことも意味が無かったようです。

ただ、弟2の処遇の悪さにいては私も前々から思うところがあったので、父には言いましたけど言ったところでどうしようもないというのが三人の共通の思いであったりするのもなんともかんとも。

本人はどうしたいんでしょう?
どうしてほしいんでしょう?
どうするんでしょう?

全て病気のせいなの?

病気と戦うことと(経済的に)親に甘えることは別なんじゃないのかなと。
病院へいく費用、薬代、自由に使える時間、遊ぶ時間、何でも思い通り。
ただ、働いていないだけ。

親からの援助をなくしてしまうのが一番だと私と弟2は思っています。
現状のように、使いたいだけほしいものをほしいだけ手に入れられるっていうのは、鬱病じゃなくても働きたくないでしょう。
ただ自立に失敗してるだけに見えてイライラします。

親に養ってもらってるのに感謝の一言すらなく、罵倒するだけ。
母はそれを一手に引き受けていました(父と話すとケンカになるから、んで一方的に弟1が暴力振るうから)
話して話してなだめてなだめて、顔色伺って。

母を助けることは出来なかったけど、父は助けます。

なんとか家から追い出したい。
父と離したい。
母が亡くなった時点で弟2はいずれ家を出ると言ってたのですが、残った父と弟1をみていると置いては出て行けないと。
弟1を外に出す方向で考えているようです。
私もそれでいいと思います。

もう病気を理由に甘えられる人はいないんです。
外に出たって父は経済的な援助は続けるでしょう。
それはそれでいい。
父のお金だし。
スッパリと切れないのは父も母も同じ。

世間体ってのがありますからね。

父と弟2が引越し出来ればいいんですけどね。
それがなかなかそうは行かない事情があって、実家から父は動けないのが現状なのです。
それもなんとかしたいんだけどなぁ。

なんてことを話し合うために来ることになってたんですが、父は私の新居には初訪問でして。
家の話してたら肝心なこと話さないまま帰りました( ´_ゝ`)ワー
父にとってはうるさく言われたくない話なので(出来ればスルーしといてくれぐらいの勢い)安心したかもしれませんがw

どう動けばベストなのかを兄弟で考えなくてはいけません。
問題が山積みです。

あ、そうそう。
やはり父には自分の葬儀に連絡しなくてはいけない人・呼んでほしい人のリストを作るようにお願いしました。
いつ万が一ということがあるのかわからないということがわかったので父も納得してくれてました。
縁起でもない話なんですけど、父方の親戚のつながりは全く分からないので(祖母の葬儀で見たけど全然分からない上に人数多い・・・)
ひとつ悩み事が解決しました。




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∞ 母の葬儀編:来て欲しくないのよ、あなたたちには! ∞

だいたい1ヶ月たって、落ち着くというか気持ち的には「落ちる」とか「沈む」とかそういうことは特に無く、たまに、電話でいつも言ってた「はろはろ~♪(機嫌がいいときの母の電話の第一声)」の声だったり、病室で握った手の細さとか感触とか思い出して、グッと涙が出るときがあるくらいです。

何でもかんでもわからないことは母に聞いていたし、すごく常識的なしきたりやらマナーやらにたいして厳しい母でしたのでとても頼りにしていたのです。
「ああ、もう分からないことがあっても聞けないんだなあ」とか思うと、もっと聞かなくちゃいけないことがあるんだよ!まだわからないことあるんだよ!あおちゃんたちのことで迷ったらどうすればいいの!?と母の存在の大きさに涙がまたブワーッて感じです。

仕事の方はこの際なので長く休んでやろうと思っていたのですが、上司から「むーりー」って電話があって、葬儀から1週間で復帰( ´_ゝ`)もうちょっとゆっくりしたかったょ
私の代わりの補充の人は入ってるので人はまわってるはずなのですけど、上司いわく「(パートと社員の)雰囲気とフロアがもう限界」ってことで・・・。

上司「わかるやろ?」

っていわれても、わかりますけど、わかりたくありません(キリッ
これを機会にやめちゃおうかなとか思ってたとか口が裂けてもいえない雰囲気に突入してしまったので無事復帰。
2週間ほど留守にしてただけなんだけど、ギスギスしててステキでした(はぁと

さて。
母の葬儀ですが、参列して欲しい人はすでに連日実家に集合していました(母方の縁者ばっかり)
母の実家の方から来てくれる人は叔父が手配済みでお葬式だけ出てもらうことになりまして。

父方の親戚ですね、問題は。
こちらの意向としては、出てもらうのはお通夜だけ、もしくはお葬式だけ。
火葬までには帰っていただいて、骨を拾うのは絶対遠慮していただく。

どちらかは出席してもらうことになるのが非常にイヤだったんですが、仕方がありません。
父が電話で「出てもらうのは御通夜だけ。告別式は遠慮して欲しい」ということを言って、了承していたようです。

御通夜の日、4時ごろに葬儀会社の人が用意に来るというので2時ごろ実家へ。
宗派によって祭壇の飾り方が違うようで、うちの場合はこうするんよと伯母に教えてもらいました。
そして、写真撮っときました(。・ω・。)覚えられないよ・・・。

お棺に母を入れるのは2階では無理ってことで、1階の応接間でやることになり母を抱えて移動することになりまして、業者さんふたりと弟1が持ってたんですけど、下に敷いてたシーツがズルズルとついていってしまい結局弟2もシーツ持ったままズルズルと1階まで行くことに。

叔父「弟2にも持ってほしかったんやな」

ああ、そうかも。
弟1だけでは不満だったのね(´∀`)

なんてことがありながら、お棺に母が無事はいりまして。
連日鳴きすぎて声がかれちゃってたクウさんも連れてきてあげて、最後のお別れをしてもらいました。

「わんわんわん」

わかんないだろうけど、鳴いてた。
ちなみに、カイさんは夏ごろに一足お先に天国へ行っています。
この話もまた機会があれば。

クウさん、一人ぼっちになってしまった。

母を乗せた車が会場に向かって、走り出します。
叔父と私と弟2が手を合わせて見送り・・・・・ああああああああ!!!


そこ一方通行~~~~!!!


うちの家の前は一方通行になっているのです。
逆に出ようとしてる車を止めるために、私と弟2ダッシュ!!!!


ダメダメダメーーー!!あっちーーー!!!
正しい方向を指差しながら

2人で渾身のダッシュ!!

運転手さん気づいて、ちょびっとバック。
無事出て行きました・・・。

せっかく神妙な雰囲気だったのに・・・( ´_ゝ`;)
めっちゃ走ったわ・・・。

それ見て叔父がめちゃ笑ってた。

叔父「だって2人ともすごいスピードで『わぁぁぁぁ』って言いながら走っていくんやもん」

そら、走りますよ( ´_ゝ`;)
霊柩車が一通逆走で警官に止められるとか話にならんし!!

本来は霊柩車はバックしてはいけません・・・(だから猛ダッシュ)
「戻ってくる」らしいので、でも母は戻ってきたかったんでしょうかね。
戻ってくるなら戻ってくればいいよ。
20年くらいうちの父の周りでウロウロして、父が死んだとき一緒に天国行けばいい。
(宗教的にはあかんけどね!)

父と弟1は向こうで母をお迎えする役だったので、とっとと出発していました。
残った祖父母や叔父や叔母たちと一緒に喪服に着替え、2台の車に分かれて乗って出発・・・むむ。

弟2「家のカギがしまらない・・・・」

私「・・・しらんがな」

割と時間ギリギリで急いでるんですけど?
ガチャガチャふたりでやりまくって、なんとか閉めて出発。
私が運転してたけど、会場周り一方通行多くて曲がる道一本間違えて大回りしたり。

なんて日だ。

着いたころにはもう受付が始まっていまして、あっちにあいさつこっちにあいさつワラワラワラ。
といっても私の(母方の)従兄弟たちですけどね。
忙しいのに駆けつけてくれまして、すごくうれしかった。

泣いて送るのは母も好きじゃないだろうから、みんなで笑ってワイワイと。





というのも、父方の伯父と伯母が到着するまで。
一人で来るかと思ったら夫婦で来てまして、もうめまいがするほどイヤだった。
祖父母と(母方の)叔父にはあいさつしてたみたいだけど、私たち家族にはあいさつなし。

お互い嫌ってるからこんなものだろうけど、だったら来ないでほしかった。
世間体とか気にしないでいいように家族葬にしてるんだから、来なくていいよ。

焼香の間はハンカチ握ってギリギリギリ我慢した。
私は頭も下げなかった。
後からパパに「あの人たちのとき、ママだけ頭下げてなかった~」と言われた。てへぺろ★

大人気なくてもいいんだよ。

その後は、さっさとお帰りいただきまして終了です。
もう会わなくていいと思うと気楽でした。

とおもってたら、告別式にも現れたんですけどね( ´_ゝ`)

父は「今日はちょっともう遠慮して」と何回も言ってましたけど、ずっと座って帰りませんでした。
告別式が始まる直前にも「遠慮してほしい」と言いに言ってたけど、帰りませんでした。

またもや私たちには一切あいさつしない親戚。
一体なにをしにきたんでしょう。
母方の親戚への体面を保つだけのためにきてるわけですけど、ええ、知ってます。

告別式が終わり、火葬まで来られては困ると思ったので「もうここまでで」と帰ってもらいました。
そのまま火葬場まで着いてきてたら、私も爆発してたと思います。

不発弾になってよかったです。

結局私たち兄弟とは一言も交わさずの叔父と叔母。
私があちらの親戚の葬式に出ることはないのでもう話をすることは二度とないと思いたい。

つづく。




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∞ 母の葬儀編:お葬式前にいろいろ用意が必要って知った ∞

続き。

水曜の朝、母が亡くなりまして大体丸3日でのお別れでした。
脳幹が圧迫されて機能してないということだったので、痛みとかも感じないと思われるのが救いでした。
父はなんとか生かして欲しいと先生に頼んでいましたが、ダメなことは分かっていました。

さて。
私と弟2は叔父叔母と共に火曜の夜にすでに葬儀のことを話し合っていました。
冷たいですかね、冷たいと思うかも。
お金が腐るほどあれば、悲しんでるだけで済むんですけどね・・・そうもいっていられないのです。

葬儀会場は父方の祖母がなくなったときの市営の葬儀場がとても綺麗だったのでそこに決めることにしました。
場所も家から近いし、みんな前に行った事があるのでいいかなとおもって。

葬儀のプランは家族葬。
とにかく近しい親族だけでやりたかったので。
こじんまりとしたほんとうにお別れを悲しんでくれる人たちだけで。

会場を決めたので、HPを見て家族葬を扱ってる業者の選別をはじめました。
なんかね、業者によってサービスの表記がバラバラで、あっちはこれがあるけどこっちはないとかややこしくてややこしくて。
セレモニーレディーってなに!?なんで10人も!?15万!?とかね。
こっちは1人で1万5千だけど、こっちはいないわ!とか。

もうてんやわんやですよ。
とにかく調べまくって、金額が固定しているシンプルな感じのプランを選びましてひと段落。

母を一度家につれて帰ってきてあげたかったので、輸送代みたいなのも高いんですねぇ。
式場に直だと1回で済むけど、家を経由すると2回分の料金がいるとか・・・。
でもつれて帰ってきてあげたかったし、くーさん(ワンコ)もママとお別れしたいだろうからね。

亡くなりしだい電話するってことで火曜の夜は終了。
と思ったら水曜の朝に亡くなってしまったので大慌て。

弟2にすぐに電話するようにしてもらったら、7時ごろに亡くなってしばらくして連絡したら9時半には病院に引き取りに行くと・・・早い、早いよ!
家に寝かせるスペース急いで作らないと!!とまた大慌て。
(時間は言えば融通してくれます)

通夜と告別式を2日間で行うんですが、24時間は家で一緒にいられるらしい。
よかった。
家に帰ってきた母はエンジェルケアをされていましたが、なんか変だったので伯母と2人で化粧してあげました。

急いで用意しないといけなかったのが遺影です。
データで送れるんですが、写真なんて最近撮ってないよ!ってなもんで。
少し前に親戚の結婚式に出たときのものがあったのでそれを使いました(たぶん)

寝かせるためのお布団!ないよ!!
白のシーツに白のカバーがいるとか!
ワワーワー。
最終的にはナイってことで、マットの上に業者が貸してくれた白のシーツとかでなんとかなりました。
あ、枕もいるよ。

んで、祭壇みたいなのを作るのです(線香とかろうそくとか置く台)
座布団がいる!!しかもお坊さん座ることになるからお客さま用のやつ!!(初七日は告別式の日に家ですることになってる)
ええええええ。
倉庫をひっぺがして探したら、母の花嫁道具?のお座布団が見つかったのでなんとかなりました。
よ、よかった・・・。

そうそう。母が生前気に入っていた服を着せてあげられるとのことで病院に持ってきてくださいと言われたんですよ。
・・・・・楽に着れるやつしか知らないけど・・・。
母の衣装ケースをまたもやひっぺがして綺麗なかわいい服をチョイスして病院へ走る!
たぶん、買ったばかりだから気に入ってたはず・・・。

御棺に入れてあげるものも用意しなければいけません(告別式のときね)

「あ!!!へその緒!!!」

死んだら子供のへその緒を一緒に燃やしてもらって閻魔様に見せるとか何とかいってた!!!
思い出してよかった!!
ってことで、3つのへその緒を用意(これはすぐに見つかった)

自分の家に戻って、あおちゃんたちにおばーちゃんへの手紙を書いてもらう。
みずくんは驚くほど丁寧な字で、きちんと書けていて驚きました。
おばあちゃんもきっと喜ぶよ。

御棺にいれるものは燃えるものならたいていいれられるので、日常に使っていたいろんなものをいれることにしました。

あと何が必要だったかなぁ。
ああ、そうそう家族の喪服探しが一番大変だった・・・。
数珠とかはすぐに見つかったんですが、白いハンカチが見つからない。
探すのもつかれちゃったので、コンビニとかスーパー回って親戚分も調達しました。

なんとかひと段落・・・ずっとさがしものしてた気がする・・・。

ちょっと時間はとびますが、葬儀が終わり初七日を家ですることになったのはいいんですが・・・。
お客様用の湯飲みセットはきちんとあったんですが

茶たくがない!!!

むおぉぉ、そんなのどこにあるのかわかんない~。
でも絶対この家のどこかにあるんだよ~~。
みんなでさがしまくったけど結局見つからず、時間切れ。

お坊さんにはお盆に載せて茶たくナシで出しました( ´_ゝ`)てへぺろ

す、すみません。
まさかそんなものがナイとは思ってなかったんですよ~~。
若いお坊さんで、ちょっとてんぱってる感じがしたのできっと気がついてないわ!!きっとそう!
だって、すごい勢いでお茶飲んでたもの!

おじいちゃんたちは葬儀が終わるまで泊り込むことになったので、ご飯の用意やら着替えやら薬やらかなり忙しかったです。
叔母が介護の職についていて大先輩なのですごく助かりました(*ノωヾ*)
ずっと話をしてくれていて、お互い眠かったけど全然眠れなくて、母の話をしたり、介護の話したり、ほんとありがたかったです。

母の葬儀に出るのは親戚だけなんですが、母方の方で小さいころから母をかわいがってくれていた方には出席してもらうことになりまして、全ての連絡を叔父がやってくれました。

叔父がいなかったら大変だったです。頭があがりませんですよ。
母の数少ない実家の方のお友達とかは、納骨の時に挨拶(お茶をあげる儀式みたいなのがあるらしい)してもらうことになりました。

父に万が一があったとき、父方では誰も頼れないのでやっぱり「連絡してほしい人リスト」は早く作ってもらうことにします。
縁起悪いとかいってられないし!!

母とは一緒にいられる最後の日だったわけですが、土曜もふくめて4日ほど仮眠しかとってなくて口が回らなくなってきたのと喪服やらの用意もあったので一度家に戻り寝ることが出来ました。

つづく。




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∞ 実家の母編:危篤のとき、親戚にはどこまで連絡するべきか ∞

つづき。

話が前後しまくっていますが、だいだい倒れて2日中に起こったことや感じたことや、やっといてよかったことなんかを書いてます。
とにかく泣きまくっていた2日間、泣いてばかりもいられなかった2日間。
長女って損だわー( ´_ゝ`)

私に連絡が入ったのは土曜の夜(日曜に日付が変わって1時ごろぐらい)、実家に駆けつけましたが病院へは行きませんでした。
ICUからHCUに移されていて、今は低温療法みたいなのをしているから会えないといわれたからです。
朝、先生から説明があるといわれていたので、それまで待機です。

さて、母には弟と妹がいまして、まだ50代のピチピチです。
県をまたいで住んでいるのですが、高速使えば夜なら1時間ほどで来ることができます。

すぐに連絡をするべきか否か・・・。
一応父には連絡するかどうか聞きましたが、父はそれどころじゃない感じで(まぁ、確かに)
いつもは一番冷静なんですけどね、ワーーーっとあわてるんじゃなくて「何が起こってどうすればいいのか!?」っていうのがジワーっと伝わってくるというか・・・。
まだこのころはマシだったと後で分かるんですけどね。

とりあえず朝に妹である叔母に連絡することにしました。
(叔父は高齢(といっても80代)の祖母たちと住んでいるので、叔母に叔父たちには連絡したほうがいいのか聞くことにした)

朝、叔母にかけて叔父にも連絡することになり、すぐ電話したらすぐに来るということに。
到着してから「もっと早く教えて欲しかった」といわれたけど、家族も会えない状況でしたし夜中すぎて危ないし、今すぐなくなるってわけではなさそうだったので・・・。

どうしてこうなったの!?といわれても、全くこちらも分からない状態だったので、早くきてもらわなくて良かったかなという気もしています。
病状は説明できても原因は先生でも不明なのです。
脳から直接水を取るパイプをいれる手術が終わってから、母とは面会してもらえました。
私は手術前にHCUから出てきた母とやっと会えた。
それまでは、混乱していたしわけがわからなかったので泣いてませんでしたが、母の姿を見てからは泣きっぱなしでした。

さてさて、親戚といえばもう一方、父方の親戚がいるのです。
超絶に仲の悪い伯父と伯母(伯父の嫁)です。

私が神様に怒られても構わないから「死ねばいいのに」と思っているほど大嫌いな人たちです。
とにかく母にいじわるしまくって、ストレス掛け捲って、2年ほど前に祖母が亡くなりましたがよりいっそういじわるがきつくなってきていた親戚です。

あんたたちに殺されたようなもんだと私が思う人たちです。

母が倒れたことは火曜日にある事情でバレてしまったのですが、一切連絡しませんでした。
父も連絡する気はなかったと思いますが、私が絶対辞めて欲しいとお願いしました。

お見舞いなんて来られたら飛びついて何をするか分からなかったし、顔も見たくない。
祖母が亡くなり、家に行った時「大丈夫?」と声をかけたのも今では超絶に後悔しています。


ガンになったと聞いたときは喜んだものです。
でも、早期発見でめっちゃ元気になっててガッカリしました。

私は悪魔なので、こういうこと普通に考えられます。
そんなこと・・・とひかれても仕方ないんですけど、実際思っちゃってるから仕方ありません。

とにかく、絶対にお見舞いに来させないで!!あわせないで!!
母だって絶対会いたくないって思ってるはずと。

もともと近所づきあいが少なかった母ですが、原因は伯母です。
話したこと全てが噂話になり、相槌うつだけでもあとあと「(母)ちゃんもそういってたわ!」と祖母に言いつけられ何回も母は悩んでいました。
なので、買い物に出られなくなりました。
スーパーは家から1分の所にあるのに、わざわざ10分以上かけて遠くのスーパーに買い物に行くようになりました。
それも普段使ってる道を通ると見つかってしまうので、遠回りして・・・。

恐怖症の状態になっていて、引きこもっていました。
家の中だけが安全地帯だったのです(伯母の家は徒歩2分のとこにある)

なんとか家から出してあげたかったけど、本人が出たがらないので手のうちようがなく私もイライラしていました。
ただ、まだ弟2人が結婚しておらず家にいたので、その世話に明け暮れていたのが生きがいになっていたみたいです。

ちなみに、だいぶ前に私が家の大掃除をしたとき、大量のゴミが出ましたがそれを捨てるのも母は躊躇していました。
伯母がゴミを見ているからです。
それでもちょっとずつ捨ててたわけですが

「引越しでもするの?なんでこんなにゴミだしてんの?」と言われたらしく、「みなみが自分の荷物整理しにきた」と言い、残りのゴミは父の管理しているビルの前に車で捨てに行ってたらしいです(営業ゴミなので分別無しでなんでも捨てていいってのもよかった)

いちいち書いてると何年もかかってしまうのでここらへんにします( ´_ゝ`)

火曜日、近所のスーパーに弟2がみんなのご飯を買出しに行った時、見つかってしまったらしく(張り込んでるのかと思えるぐらいの遭遇率なのです)母のことを聞かれたようで、仕方なかったにしても弟2はごめん、見つかったと謝っていました。
その後、病院がばれないか私と弟2はすごく不安でした。

病院にいる父に電話して、面会にきたら断ってもらうように病院にお願いしてほしいと頼んだら、ネームプレートをはずしてくれました。
病院側で完全に遮断することは出来ないので、後は祈るのみでした。

嫌いあっているのはお互い様なので、連絡は取り合いませんが、どうしても気になった伯母はよく使っていた手段を使うことにしたようです。
母の実家の嫁(叔父の嫁)にカマをかけるための電話をかけたのです。

はーーーーー!?(`Д´)

おかしいと思いません?


そういうこと平気でする人たちなので、大嫌いです。
そして、葬儀ではいかに母と接点を少なくしてあげられるかを考えるようになりました。
親戚なので、1回は我慢してもらわなくちゃいけないけどね・・・(´;ω;`)

母を守るべきはずの父は何をしていたかというと、長男には頭が上がらないっていう典型的なパターンにはまっており、頭をあげないから長男がよりいっそう押さえつけてくるっていう悪循環に夫婦してなやんでいました。

ということで、うちの場合病室には、母方の親戚(叔父一家叔母一家)のみを呼びました。
ほんとのほんとに母のこと想って泣いてくれる人しかいらなかったのです。


礼儀知らずでしょうか。


つづく。




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∞ 実家の母編:お金がないのです、ワー ∞

つづき。

母が倒れたと聞いて駆けつけた日はそのまま実家に泊まり、弟2と今後の話をしていました。
100%介護が必要だろうということ、この家で介護は難しいということ。
一番頼りにしている弟2はサラリーマンなので、日中の世話は難しい・・・。
実際どれぐらいの状態で復活するのか分からないまま、帰ってきたときのことを一晩中話していました。

現実問題として、実家にはおかねがありません。
さて、入院費の支払いは出来るのかと。

母がどんな状態であろうと入院費は請求されます。
現金で言われた期日までにビシーッと払わなくてはいけません。
少額なら私にも用意することは出来ますが、水頭症の手術をしているのできっと絶対高額確定。

こういう事態に備えてちょっとでも貯金しとけばよかったのに・・・。
実家の家族は好きなだけ使い放題してたから仕方ありません。

あおちゃんたちの時は、20日から10日分で一人100万、2人で200万を越える請求がきていました(月末で一旦お支払い~)
あの時はネットで調べるとかどころじゃなかったから、びっくりしましたよ・・・。
30日ほど入院してたので、恐ろしい金額になるところでした。

生まれてすぐに区役所に出生届を出して、速攻パパの会社に連絡してもらい超スピードで保険に加入、市の乳児医療証を交付してもらいまして、なんとか間に合いホッとしました。

ということがあったので、先に打てる手は打っとかないと大変なことになります。
グーグル先生に聞いてみると、高額療養費関連の項目から「限度額適用認定証」を発見。

高額療養費制度とは、医療機関等の窓口でのお支払いが高額な負担となった場合は、あとから申請いただくことにより自己負担限度額を超えた額が払い戻されるという制度です。
とりあえず全額支払う必要があります。

母の医療費の見込みは数百万になることが予想されたので、そんな大金は短期間に用意できません。
返ってくるんですけど、用意できないんですーーー!

ということで、限度額適用認定証を申請することにしました。
月曜になったらすぐに申請してもらうように父に頼みました。

限度額適用認定証とは、1ヵ月 (1日から月末まで)の窓口でのお支払いが自己負担限度額までになるというものです。
70歳未満であることが条件なのですが母の場合は61歳なので問題なく、税金やら保険関係も滞ることなく払っているので申請すれば通るはず。

これでホッとすることが出来ました。
母の一大事にお金の算段とか・・・でも仕方ないやんね・・・。

誰も考えてないんだもの。

私だって何も考えず、母の心配だけしてたかったけど。

もう一度言おう。

誰も考えてないんだもの。

大事なことなので2回言いましたが、誰かが冷静に後のこと考えないと後でえらいめにあうのは自分たちデス。
グーグル様ありがとう。

その後母の入っていた保険やなんやら探しまくり、手配しまくりで大変でした。
金庫の暗証番号と保険の証書(今はないとこ多いけど)と銀行講座の暗証番号などは、子供に教えておくといいかもしれません。

家中ひっかきまわされることになりますよ・・・子供によって( ´_ゝ`)

まさかねーー!なんてことが起こってしまったので、「まさか自分はまだまだ」なんてないと学習しました。
いつだって誰だって、死ぬ用意はしとかなくちゃいけないんだなと。

ハードディスクの中の恥ずかしいものは消しておきましょうね。


ありがたい制度のおかげでとりあえず8万ぐらいと個室代やら雑費分だけを用意すればいいだけになりました。
それくらいは父たちでなんとかするでしょう。
弟2と共に胸をなでおろしました。

つづく。


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プロフィール

名前:みなみ
2005年9月20日生の♀♂双子のママです(*´∀`*)
詳しいことは>>家族紹介
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