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∞ 猫・・・迷惑!!!(`Д´) ∞

うちの近所、野良猫がいます。
飼い猫なのかも知れませんが、うろついてたら全部野良と一緒です。

なんで外に出すんでしょう。
犬が外でリードなしにうろついてたら通報されることでしょう。
猫ぐらいちっちゃくても捕獲されるでしょう。

なんで猫はいいんでしょうか。

通報して捕獲してもらってもいいと思うんですけど、姿が見えません。

集会場らしきものが近所にあるのは知ってます。
夜中に車で走ってると集まってるのを何回かみたことあるので。

別にうろついたっていいんですよ。


うんこしなけりゃ。


ひとんちの芝生にうんこしなけりゃ。

寄せ付けないように薬だって撒いてるのに。
なぜか雨の日と曇りの日にうんこがある。

同じ箇所にするんじゃなくてちょっとずつずれてたりする。

うっとおしい。

誰かがエサやってるんだろうなぁと思うんですよ。
なんでエサやるんでしょう。
家につれて帰って家の中で飼えばいいじゃないですか。

外でエサやる必要なんてこれっぽっちもないんですよ。
エサがもらえなくてかわいそうと思うなら、家がないのはかわいそうじゃないのって話なんですよ。

エサやって自分がいいことしてるっていう満足感なんて自分勝手ですよ。
そういう人はじぶんちがネコのうんこまみれになっても文句いわずエサあげれるんでしょうけど。

じぶんちじゃ飼えないからとか勝手な話ですよ。
飼える家に住んで飼えばいいじゃないですか。
飼える家に住めるように努力すればいいじゃないですか。
エサ買わずエサ代貯めて引越しすればいいじゃないですか。
手段はいくらでもあるんですよ。
飢えてるネコがかわいそうなんでしょう?

ほんとにネコすきなわけ?って話なんですよ。
外で飼うとネコエイズとかいろいろ病気になっちゃったりするわけですよ。
予防接種だって、なんだって十分じゃないんですよ。

何年生きると思ってんですか。
うちにもワンコがいましたが、予防接種して、エサあげて、雑費もろもろ考えれば何十匹とは飼えませんよ。
エサだけあげてりゃ問題ないってわけじゃないんですよ。
その子の命を救うってことは、その命を全部引き受ける覚悟がないといけないわけですよ。

じーさんがやろうとばーさんがやろうと若者がやってようと、関係ないんですよ。
そのネコのうしろついてまわってうんこしたら拾って帰ってくださいよ。
エサ食べたら、出るもの出るんですよ。
うちのワンコが散歩してうんこしたら拾って持って帰りますよ。
それが責任ってもんなんですよ。

おなかすかせてかわいそうとおもうなら安住の地となる家を用意してあげてください。
里親探すなりなんなり出来るでしょう。
エサを食べてるネコみて幸せとか、ちゃんちゃらおかしい。

どこかで飢えて死んでるネコはいっぱいいるよ。
エサがもらえず死んでるよ。
誰にも飼ってもらえず、暑くて暑くて、寒くて寒くて、脱水でしんだり凍死したり、車に轢かれたりして死んでるよ。
家の中にいれば死ななかったのにって理由で死んでるよ。

それはかわいそうじゃないの?

私はかわいそうだと思う。




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∞ 母は亡くなり、家族は残る ∞

このブログにも登場していた私の実の母が亡くなりまして。
突然のことすぎて、妙に冷静な自分もいたりするんですが、これを考えると泣いてしまうというボーダーもわかっていて(妙な説明ですが・・・)
そこに到達する前に思考を止めるという感じで日々過ごし、昨日通夜とお葬式までが終わりました。

出先でくも膜下出血で倒れ、病院に搬送され、頑張ることおおよそ3日で息を引き取りました。
発症すれば50%の方が即死すると言われている病気です。
最初こそ自発呼吸があったと聞いたので、一縷の望みは持っていましたが意識はすでになく希望と絶望が入り混じったどうすればいいのかわからない精神状態でした。

まだ61歳です。
神様、まだ早いです。
母を返してください。
まだやってあげようとおもってたことがたくさんあったのです。

親孝行しようなんておもってないんです。
たくさん話を聞いて、たくさん話をして、まだまだいろんなことを教えてもらわなくてはいけないんです。

無理な話なんですがね。


幸い、母には妹と弟がいて入院中から葬儀が終わるまで、私たち兄弟にずっとついていてくれました。
一人のほうが落ち着くかなと思ってましたが、いてくれたことがどんなに支えになったかわかりません。
ずっと話してくれていたので、いいほうにも悪いほうにも考えることをしなくてよくてとても助かりました。

これから気持ちが落ちていく予定らしいので、とにかくゆっくり過ごします。




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∞ 実家の母編:突然のお別れ ∞

葬儀やらしなくてはいけないことがひと段落したので、気づいたことをちょこちょこ書いていこうかなと思います。
読んでいただく上で注意していただきたいことがありマス。

・私よりも早くに親を亡くしている方がいるのはわかっていること
・私も子供を持つほど年齢なので、悲しんでばかりもいられないこと(私と弟2は超現実的です)
・母は子離れ出来ない典型的なタイプだったので、弟1とは共依存の関係だったこと
・弟1は鬱病でニートで、病気関係無しに大嫌いです。

あまりシクシクした記事を書く気はないのですが、甘やかされて育ってしまったので母のことは大好きでした。
社会経験もなく、狭い世界でしか生きていなかった母にとって家族は全てだったのです。
狭い世界に閉じこもったのは母の自業自得でもあるのだけど、父方の親戚や家族によるものも大きいです。

ああ、これが母の葬儀でなければ、母に電話でもして一日中話をきいてもらうのにな。
ってなことがたくさんありましたので、母の代わりにきいてください。


ではでは。

母が倒れたと連絡があって、亡くなるまでの3日間ほぼ寝ることが出来ず実家にいたりいなかったりでした。
病院はICUからHCU(ハイパーケアユニット)にうつったらしいのですが、面会に行けたのは1回だけ(。・ω・。;)
手術前とかは終わった後は顔見たよ。

手術は水頭症の手術で、くも膜下出血を直接どうこうするってものではありませんでした。
もうダメなのは先生の口ぶりからしても分かったんですが、即死じゃなくてとりあえず生きてるので好転してくれればって感じでいろいろしてくれてました。

病院に運ばれてシャントの手術をして、ダメで、頭から直接水を抜く手術をして、ダメ。
2日間はただ好転するのを待つだけ。
最終的にはHCUでは面会時間も短いから家族が自由に会える様に個室にうつりますか?と提案があり、そうしてもらいました。

くも膜下出血で倒れた場合、重症度を(軽度)1~5(最重度)でグレードでランク付けするのです。
調べていたので知っていました。
先生からグレードの話がありました。

「残念ながらグレード5です」

背中にビリッと電気が走ったような感覚といやな汗がドッと全身にでました。
24時間様子を見て容態が悪化しているとのことなので、もう助からないから覚悟しておいてくださいって感じのことをとても遠まわしに先生に言われました。

いよいよダメだと個室にうつった日、母の両親が駆けつけました。
「がんばり、がんばり」と手を握りながらいう祖母と祖父。

意識のない母には聞こえていたのか分かりませんが・・・。

とにかく50%の人が即死すると言われている病気です。
意識はないものの最初こそ自発呼吸をしていただけになんともいえない悔しさがありました。

私と弟2はもし母が帰ってきてもなんらかの障害が残るだろうし、と、介護の話をしたりしていました。
そのときはまだ希望を持ってたのですが、個室に移った時点で現実に戻りました。

母方の叔父と叔母も来ていて、祖母祖父とともに実家で待機です。
県をまたぐ距離なので祖母祖父は何度も移動が大変だろうと2回目のお見舞い以降泊り込むことになりました。
介護が必要なので叔母も泊り込むことになりました。

さぁ・・・・・大変!!!!!

母の使っていた和室はものだらけ!!っていうか全部の部屋がものだらけ!!
捨てられないけど、テトリスの上手かった母はギッチリと綺麗に詰めてある。けど、欲しいものは見つからない。

本人しかしまった場所がわからない家。

わーわー。
弟2と私は一足先に病院から帰って、とにかく祖母祖父の寝る場所を確保するために2階のものを3階に移動!!
いそげーーいそげーーー!!
3階がカオスになったけど、2階はきれいになりました、とさ。

布団をさがすも布団カバーとか敷布団カバーがない!!!
どこになおしてあるんやぁぁぁとあちこちの引き出しをさがすもない!!
かろうじて見つかったのをつけて敷く・・・間に合った。

お客のこない家だったから、油断してたぜ・・・。

台所も何がどこにあるのやら全然わからない。
わーわー。
数年前に捨て祭りやったのに元にもどってるぅぅぅ(´;ω;`)

叔母と2人でてんやわんやしながら祖母祖父のご飯作ったり、悲しんでる暇はあんまりなくてよかったといえばよかったかもしれない。
30年前の家だから全然バリアフリーじゃなくてトイレいくのも一苦労でした・・・。

つづく。


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∞ 実家の母編:親より先にしんじゃいけないのよ ∞

つづき。

待機していたり、様子を見ていたり右往左往していたので時間軸がはっきりしておらず、家族全員ほぼねていなかったので現実味のない看病という感じでした(見守るだけしかできなかったんですけどね)
ずっと意識がないから手を握ったり話しかけたりするだけ。

月曜の夜、一度家に帰って火曜の朝また先生と話を聞くことになっていました。
頭から水を抜く処置を2日目に行って24時間たって、好転せず逆に悪化しているという話のあと、個室に移るという話になったとき「ああ、ほんとにもうダメなんだなぁ」と覚悟しました。
医師からは先の明るい話は出てこないし、実際見せられる検査結果も素人が見たって悪化してる。

なんかすごくイヤなんですが、医師からは早くて数日といわれていたのです。
すごくすごくイヤなんですけど、月曜の夜中に一度家に戻りあおちゃんたちをどうしようかと旦那と話していました。
今すぐってわけではないし、もしかしたらすぐかもしれないと。

2人を母と会わせるかどうか・・・。

とりあえず今日は何もないだろうからと学校に行かせる事にしました(旦那はお休みの日だったので、私はまた一人で実家へ向かうことにしていました)

家を出たはずの2人がワーワーいいながら帰ってきたのです。
「学校行ったら先生が門のとこに建ってて『今日は学校内から帰りなさい』っていわれた~」と。
ちょうど台風がきていて休校になったようです。

ほんとにすごくすごくイヤだったんですが、「ああ、ママ(母)が呼んでるのかもしれない」と思ったんですよね。
お膳立てされたような偶然に「今日会わせないとダメなんだ」と思い、旦那とあおちゃんたちをつれて一緒に病院へ行きました。
母がまだ息をしているうちに・・・まだあたたかいうちにあわせてあげたいと。

ああ、こういうのイヤだな。

走ってる車の中から何本もの虹が見えるのもすごくイヤでした。

朝、医師から話を聞いてHCUの面会時間ではなかったのですが、孫がきているということで特別にあわせてもらうことが出来ました。
2人とも泣いていました。
分かってるのか、分かってないのか、まだまだ『死』というものが分からない年頃にこんな母との別れをさせてしまっていいものか迷ったけどね。
とにかく孫バカの母であったので、会わせようとしない私に代わり神様に頼んで段取りを組んでしまったのかもしれません。

火曜は一日実家にいて病院を行ったりきたりして、夜にみんなで家に戻りました。

母の両親は火曜の昼に会うことが出来て、おばあちゃんはとにかく「まだ早いまだ早い」とひたすら手をさすっていました。
おじいちゃんは少し認知症なので、ぼぉっとしていましたがたまにスイッチが入っていろいろ話しかけていました。

なんというか、順番的に行くと普通は親が先に亡くなるわけで。
主に悲しむのは夫だったり、子供だったりするわけですよね。

まだ両親がそろって健在なので、母を娘と思って泣く祖母たちを見ていると、私たちよりかわいそうに思えて子供としてはなかなか悲しむことが出来ない感じでした。
説明が難しいですね。

母は私たちにとって母なんですけど、祖母たちにとっては娘で・・・。
娘としての母を見るのはあまり機会がなかったので、不思議な感じがしたのです。
悲しみの順番というか、一番悲しいのは一体誰なんだろうと。

いや、一番とか二番とかないんですけど。

「親より早く死んじゃいけないんだな」と・・・。

祖母たちの悲しみに押されてしまい、祖母たちは大丈夫だろうかとそのほうが心配でした。
子供としてずっとついていてあげたい気持ちと、親子でゆっくり過ごさせてあげたいという気持ちが入り混じって落ち着かない感じでした。
もう泣きつくしてしまったので、ぼーっと見てるしかないんですけど、祖母が泣くたびに一緒に泣くというのを繰り返していました。

まだ時間はあるだろうということで祖母たちは一度家に戻り、また明日来るということになりました。
私も家に戻りましたが、寝ることが出来ず病気のことをいろいろ調べているうちに朝方になってしまいました。

朝、5時ごろ父から電話が入りました。
「血圧が下がっているから・・・」
私はそのまままた実家へ向かうことになりました。

つづく。




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∞ 実家の母編:もう頑張らなくてもいいと思ったのよ ∞

つづき。

父からの電話で急いで病院へ。
叔父叔母にも連絡すると祖母たちを連れてすぐに向かうとのこと。

病院では血圧が100を切り始めたら家族を呼び出すことになっていたらしく、着いたときは80前後で安定してた。
不整脈が起こって、グンと下がったらしい。
血圧が上がれば手術が出来るかもといわれていたけど、結局上がらず。
普段は高血圧で大変だったのにね。

病室のムードはなんだかもうお別れムードが漂っていて、静かな感じ。
母は生きていて楽しいことはあったんだろうか。
とりあえず孫は出来たし、心の残りは弟1がクズなことぐらいかもしれない。
金銭感覚がおかしかったので、あればあるだけ使う母。
私とは正反対過ぎてお金の話ではいつも言い合いになってたなぁ。
それでも離れてる娘は怖くないのか、好き放題してたね~。

今ではそれでよかったと思うけど、生きてたらこんなこと言ってられない。

好きなことして好きなこと言って、幸せっちゃ幸せだよね。

バイタルチェックする機会がピっピっピっピっ言っててすごくうるさい。
NICUを思い出す。
そういえばあの時もよく泣いてたなぁ。
あの時も搾乳と面会で寝不足続いて、ぼーーーっとしてる中同じ音聞いてたわー。

血圧が次第に下がっていくのだけど、下がり始めると警告音がなり始めてとまらなくなる。
心臓を動かすための強心剤はもう限界まで使ってる。
それでも薬は母の心臓を強制的に動かして、血圧を少し戻す。
警告音がやんで、ホッとする。

祖母たちが到着して、また病室の空気は親子の空間になってしまった。

母の状態は脳死状態であるらしく、意識はもうもどることはない。
先生の話では脳死と判定してしまうと、「死」として認められているため、治療行為ができなくなるとかなんとか(正確ではないので詳しく知りたい方はきちんと調べてください)
もうダメってことなんだよね。
あきらめたくはないけど、知識があればあるほどもうダメって分かる。
血圧が何度も持ち直すのだけど、持ち直してもまた落ちるのを見るだけ。


がんばれって言い続ける祖母たちを見ながら、私って冷たいなぁって思ってました。
結局「頑張って」とはいえなかったのですよ。
死なないで欲しい、まだ早いとは死ぬほど思ったけどね。
また説明が難しい感情なんですが。

その数時間後、家族が見守る中、母はそのまま息を引き取りました。

つづく。


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∞ 実家の母編:お金がないのです、ワー ∞

つづき。

母が倒れたと聞いて駆けつけた日はそのまま実家に泊まり、弟2と今後の話をしていました。
100%介護が必要だろうということ、この家で介護は難しいということ。
一番頼りにしている弟2はサラリーマンなので、日中の世話は難しい・・・。
実際どれぐらいの状態で復活するのか分からないまま、帰ってきたときのことを一晩中話していました。

現実問題として、実家にはおかねがありません。
さて、入院費の支払いは出来るのかと。

母がどんな状態であろうと入院費は請求されます。
現金で言われた期日までにビシーッと払わなくてはいけません。
少額なら私にも用意することは出来ますが、水頭症の手術をしているのできっと絶対高額確定。

こういう事態に備えてちょっとでも貯金しとけばよかったのに・・・。
実家の家族は好きなだけ使い放題してたから仕方ありません。

あおちゃんたちの時は、20日から10日分で一人100万、2人で200万を越える請求がきていました(月末で一旦お支払い~)
あの時はネットで調べるとかどころじゃなかったから、びっくりしましたよ・・・。
30日ほど入院してたので、恐ろしい金額になるところでした。

生まれてすぐに区役所に出生届を出して、速攻パパの会社に連絡してもらい超スピードで保険に加入、市の乳児医療証を交付してもらいまして、なんとか間に合いホッとしました。

ということがあったので、先に打てる手は打っとかないと大変なことになります。
グーグル先生に聞いてみると、高額療養費関連の項目から「限度額適用認定証」を発見。

高額療養費制度とは、医療機関等の窓口でのお支払いが高額な負担となった場合は、あとから申請いただくことにより自己負担限度額を超えた額が払い戻されるという制度です。
とりあえず全額支払う必要があります。

母の医療費の見込みは数百万になることが予想されたので、そんな大金は短期間に用意できません。
返ってくるんですけど、用意できないんですーーー!

ということで、限度額適用認定証を申請することにしました。
月曜になったらすぐに申請してもらうように父に頼みました。

限度額適用認定証とは、1ヵ月 (1日から月末まで)の窓口でのお支払いが自己負担限度額までになるというものです。
70歳未満であることが条件なのですが母の場合は61歳なので問題なく、税金やら保険関係も滞ることなく払っているので申請すれば通るはず。

これでホッとすることが出来ました。
母の一大事にお金の算段とか・・・でも仕方ないやんね・・・。

誰も考えてないんだもの。

私だって何も考えず、母の心配だけしてたかったけど。

もう一度言おう。

誰も考えてないんだもの。

大事なことなので2回言いましたが、誰かが冷静に後のこと考えないと後でえらいめにあうのは自分たちデス。
グーグル様ありがとう。

その後母の入っていた保険やなんやら探しまくり、手配しまくりで大変でした。
金庫の暗証番号と保険の証書(今はないとこ多いけど)と銀行講座の暗証番号などは、子供に教えておくといいかもしれません。

家中ひっかきまわされることになりますよ・・・子供によって( ´_ゝ`)

まさかねーー!なんてことが起こってしまったので、「まさか自分はまだまだ」なんてないと学習しました。
いつだって誰だって、死ぬ用意はしとかなくちゃいけないんだなと。

ハードディスクの中の恥ずかしいものは消しておきましょうね。


ありがたい制度のおかげでとりあえず8万ぐらいと個室代やら雑費分だけを用意すればいいだけになりました。
それくらいは父たちでなんとかするでしょう。
弟2と共に胸をなでおろしました。

つづく。


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∞ 実家の母編:危篤のとき、親戚にはどこまで連絡するべきか ∞

つづき。

話が前後しまくっていますが、だいだい倒れて2日中に起こったことや感じたことや、やっといてよかったことなんかを書いてます。
とにかく泣きまくっていた2日間、泣いてばかりもいられなかった2日間。
長女って損だわー( ´_ゝ`)

私に連絡が入ったのは土曜の夜(日曜に日付が変わって1時ごろぐらい)、実家に駆けつけましたが病院へは行きませんでした。
ICUからHCUに移されていて、今は低温療法みたいなのをしているから会えないといわれたからです。
朝、先生から説明があるといわれていたので、それまで待機です。

さて、母には弟と妹がいまして、まだ50代のピチピチです。
県をまたいで住んでいるのですが、高速使えば夜なら1時間ほどで来ることができます。

すぐに連絡をするべきか否か・・・。
一応父には連絡するかどうか聞きましたが、父はそれどころじゃない感じで(まぁ、確かに)
いつもは一番冷静なんですけどね、ワーーーっとあわてるんじゃなくて「何が起こってどうすればいいのか!?」っていうのがジワーっと伝わってくるというか・・・。
まだこのころはマシだったと後で分かるんですけどね。

とりあえず朝に妹である叔母に連絡することにしました。
(叔父は高齢(といっても80代)の祖母たちと住んでいるので、叔母に叔父たちには連絡したほうがいいのか聞くことにした)

朝、叔母にかけて叔父にも連絡することになり、すぐ電話したらすぐに来るということに。
到着してから「もっと早く教えて欲しかった」といわれたけど、家族も会えない状況でしたし夜中すぎて危ないし、今すぐなくなるってわけではなさそうだったので・・・。

どうしてこうなったの!?といわれても、全くこちらも分からない状態だったので、早くきてもらわなくて良かったかなという気もしています。
病状は説明できても原因は先生でも不明なのです。
脳から直接水を取るパイプをいれる手術が終わってから、母とは面会してもらえました。
私は手術前にHCUから出てきた母とやっと会えた。
それまでは、混乱していたしわけがわからなかったので泣いてませんでしたが、母の姿を見てからは泣きっぱなしでした。

さてさて、親戚といえばもう一方、父方の親戚がいるのです。
超絶に仲の悪い伯父と伯母(伯父の嫁)です。

私が神様に怒られても構わないから「死ねばいいのに」と思っているほど大嫌いな人たちです。
とにかく母にいじわるしまくって、ストレス掛け捲って、2年ほど前に祖母が亡くなりましたがよりいっそういじわるがきつくなってきていた親戚です。

あんたたちに殺されたようなもんだと私が思う人たちです。

母が倒れたことは火曜日にある事情でバレてしまったのですが、一切連絡しませんでした。
父も連絡する気はなかったと思いますが、私が絶対辞めて欲しいとお願いしました。

お見舞いなんて来られたら飛びついて何をするか分からなかったし、顔も見たくない。
祖母が亡くなり、家に行った時「大丈夫?」と声をかけたのも今では超絶に後悔しています。


ガンになったと聞いたときは喜んだものです。
でも、早期発見でめっちゃ元気になっててガッカリしました。

私は悪魔なので、こういうこと普通に考えられます。
そんなこと・・・とひかれても仕方ないんですけど、実際思っちゃってるから仕方ありません。

とにかく、絶対にお見舞いに来させないで!!あわせないで!!
母だって絶対会いたくないって思ってるはずと。

もともと近所づきあいが少なかった母ですが、原因は伯母です。
話したこと全てが噂話になり、相槌うつだけでもあとあと「(母)ちゃんもそういってたわ!」と祖母に言いつけられ何回も母は悩んでいました。
なので、買い物に出られなくなりました。
スーパーは家から1分の所にあるのに、わざわざ10分以上かけて遠くのスーパーに買い物に行くようになりました。
それも普段使ってる道を通ると見つかってしまうので、遠回りして・・・。

恐怖症の状態になっていて、引きこもっていました。
家の中だけが安全地帯だったのです(伯母の家は徒歩2分のとこにある)

なんとか家から出してあげたかったけど、本人が出たがらないので手のうちようがなく私もイライラしていました。
ただ、まだ弟2人が結婚しておらず家にいたので、その世話に明け暮れていたのが生きがいになっていたみたいです。

ちなみに、だいぶ前に私が家の大掃除をしたとき、大量のゴミが出ましたがそれを捨てるのも母は躊躇していました。
伯母がゴミを見ているからです。
それでもちょっとずつ捨ててたわけですが

「引越しでもするの?なんでこんなにゴミだしてんの?」と言われたらしく、「みなみが自分の荷物整理しにきた」と言い、残りのゴミは父の管理しているビルの前に車で捨てに行ってたらしいです(営業ゴミなので分別無しでなんでも捨てていいってのもよかった)

いちいち書いてると何年もかかってしまうのでここらへんにします( ´_ゝ`)

火曜日、近所のスーパーに弟2がみんなのご飯を買出しに行った時、見つかってしまったらしく(張り込んでるのかと思えるぐらいの遭遇率なのです)母のことを聞かれたようで、仕方なかったにしても弟2はごめん、見つかったと謝っていました。
その後、病院がばれないか私と弟2はすごく不安でした。

病院にいる父に電話して、面会にきたら断ってもらうように病院にお願いしてほしいと頼んだら、ネームプレートをはずしてくれました。
病院側で完全に遮断することは出来ないので、後は祈るのみでした。

嫌いあっているのはお互い様なので、連絡は取り合いませんが、どうしても気になった伯母はよく使っていた手段を使うことにしたようです。
母の実家の嫁(叔父の嫁)にカマをかけるための電話をかけたのです。

はーーーーー!?(`Д´)

おかしいと思いません?


そういうこと平気でする人たちなので、大嫌いです。
そして、葬儀ではいかに母と接点を少なくしてあげられるかを考えるようになりました。
親戚なので、1回は我慢してもらわなくちゃいけないけどね・・・(´;ω;`)

母を守るべきはずの父は何をしていたかというと、長男には頭が上がらないっていう典型的なパターンにはまっており、頭をあげないから長男がよりいっそう押さえつけてくるっていう悪循環に夫婦してなやんでいました。

ということで、うちの場合病室には、母方の親戚(叔父一家叔母一家)のみを呼びました。
ほんとのほんとに母のこと想って泣いてくれる人しかいらなかったのです。


礼儀知らずでしょうか。


つづく。




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∞ 母の葬儀編:お葬式前にいろいろ用意が必要って知った ∞

続き。

水曜の朝、母が亡くなりまして大体丸3日でのお別れでした。
脳幹が圧迫されて機能してないということだったので、痛みとかも感じないと思われるのが救いでした。
父はなんとか生かして欲しいと先生に頼んでいましたが、ダメなことは分かっていました。

さて。
私と弟2は叔父叔母と共に火曜の夜にすでに葬儀のことを話し合っていました。
冷たいですかね、冷たいと思うかも。
お金が腐るほどあれば、悲しんでるだけで済むんですけどね・・・そうもいっていられないのです。

葬儀会場は父方の祖母がなくなったときの市営の葬儀場がとても綺麗だったのでそこに決めることにしました。
場所も家から近いし、みんな前に行った事があるのでいいかなとおもって。

葬儀のプランは家族葬。
とにかく近しい親族だけでやりたかったので。
こじんまりとしたほんとうにお別れを悲しんでくれる人たちだけで。

会場を決めたので、HPを見て家族葬を扱ってる業者の選別をはじめました。
なんかね、業者によってサービスの表記がバラバラで、あっちはこれがあるけどこっちはないとかややこしくてややこしくて。
セレモニーレディーってなに!?なんで10人も!?15万!?とかね。
こっちは1人で1万5千だけど、こっちはいないわ!とか。

もうてんやわんやですよ。
とにかく調べまくって、金額が固定しているシンプルな感じのプランを選びましてひと段落。

母を一度家につれて帰ってきてあげたかったので、輸送代みたいなのも高いんですねぇ。
式場に直だと1回で済むけど、家を経由すると2回分の料金がいるとか・・・。
でもつれて帰ってきてあげたかったし、くーさん(ワンコ)もママとお別れしたいだろうからね。

亡くなりしだい電話するってことで火曜の夜は終了。
と思ったら水曜の朝に亡くなってしまったので大慌て。

弟2にすぐに電話するようにしてもらったら、7時ごろに亡くなってしばらくして連絡したら9時半には病院に引き取りに行くと・・・早い、早いよ!
家に寝かせるスペース急いで作らないと!!とまた大慌て。
(時間は言えば融通してくれます)

通夜と告別式を2日間で行うんですが、24時間は家で一緒にいられるらしい。
よかった。
家に帰ってきた母はエンジェルケアをされていましたが、なんか変だったので伯母と2人で化粧してあげました。

急いで用意しないといけなかったのが遺影です。
データで送れるんですが、写真なんて最近撮ってないよ!ってなもんで。
少し前に親戚の結婚式に出たときのものがあったのでそれを使いました(たぶん)

寝かせるためのお布団!ないよ!!
白のシーツに白のカバーがいるとか!
ワワーワー。
最終的にはナイってことで、マットの上に業者が貸してくれた白のシーツとかでなんとかなりました。
あ、枕もいるよ。

んで、祭壇みたいなのを作るのです(線香とかろうそくとか置く台)
座布団がいる!!しかもお坊さん座ることになるからお客さま用のやつ!!(初七日は告別式の日に家ですることになってる)
ええええええ。
倉庫をひっぺがして探したら、母の花嫁道具?のお座布団が見つかったのでなんとかなりました。
よ、よかった・・・。

そうそう。母が生前気に入っていた服を着せてあげられるとのことで病院に持ってきてくださいと言われたんですよ。
・・・・・楽に着れるやつしか知らないけど・・・。
母の衣装ケースをまたもやひっぺがして綺麗なかわいい服をチョイスして病院へ走る!
たぶん、買ったばかりだから気に入ってたはず・・・。

御棺に入れてあげるものも用意しなければいけません(告別式のときね)

「あ!!!へその緒!!!」

死んだら子供のへその緒を一緒に燃やしてもらって閻魔様に見せるとか何とかいってた!!!
思い出してよかった!!
ってことで、3つのへその緒を用意(これはすぐに見つかった)

自分の家に戻って、あおちゃんたちにおばーちゃんへの手紙を書いてもらう。
みずくんは驚くほど丁寧な字で、きちんと書けていて驚きました。
おばあちゃんもきっと喜ぶよ。

御棺にいれるものは燃えるものならたいていいれられるので、日常に使っていたいろんなものをいれることにしました。

あと何が必要だったかなぁ。
ああ、そうそう家族の喪服探しが一番大変だった・・・。
数珠とかはすぐに見つかったんですが、白いハンカチが見つからない。
探すのもつかれちゃったので、コンビニとかスーパー回って親戚分も調達しました。

なんとかひと段落・・・ずっとさがしものしてた気がする・・・。

ちょっと時間はとびますが、葬儀が終わり初七日を家ですることになったのはいいんですが・・・。
お客様用の湯飲みセットはきちんとあったんですが

茶たくがない!!!

むおぉぉ、そんなのどこにあるのかわかんない~。
でも絶対この家のどこかにあるんだよ~~。
みんなでさがしまくったけど結局見つからず、時間切れ。

お坊さんにはお盆に載せて茶たくナシで出しました( ´_ゝ`)てへぺろ

す、すみません。
まさかそんなものがナイとは思ってなかったんですよ~~。
若いお坊さんで、ちょっとてんぱってる感じがしたのできっと気がついてないわ!!きっとそう!
だって、すごい勢いでお茶飲んでたもの!

おじいちゃんたちは葬儀が終わるまで泊り込むことになったので、ご飯の用意やら着替えやら薬やらかなり忙しかったです。
叔母が介護の職についていて大先輩なのですごく助かりました(*ノωヾ*)
ずっと話をしてくれていて、お互い眠かったけど全然眠れなくて、母の話をしたり、介護の話したり、ほんとありがたかったです。

母の葬儀に出るのは親戚だけなんですが、母方の方で小さいころから母をかわいがってくれていた方には出席してもらうことになりまして、全ての連絡を叔父がやってくれました。

叔父がいなかったら大変だったです。頭があがりませんですよ。
母の数少ない実家の方のお友達とかは、納骨の時に挨拶(お茶をあげる儀式みたいなのがあるらしい)してもらうことになりました。

父に万が一があったとき、父方では誰も頼れないのでやっぱり「連絡してほしい人リスト」は早く作ってもらうことにします。
縁起悪いとかいってられないし!!

母とは一緒にいられる最後の日だったわけですが、土曜もふくめて4日ほど仮眠しかとってなくて口が回らなくなってきたのと喪服やらの用意もあったので一度家に戻り寝ることが出来ました。

つづく。




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∞ うちの2人にどうとくの授業は無駄だったらしい( ´_ゝ`) ∞

ちょっと閑話休題で、あおちゃんたちの話をすこし。

昨日日曜参観がありまして、私は実家の方で仏壇と位牌を買いに行かなくちゃいけなかったのでパパが参観にいってくれたのです。
ちなみに私は授業参観とか全然興味ないです。
うちの学校、月に1回とかあるんだけど、すごく面倒。
前の学校は学期末とかそんなくらいだった気がするよ(それだったら行こうって気になるんだけどねぇ)

んで、どうとくの授業だったらしいのですよ。
「どうとく」って関西ならではなのかな?まぁ、人権問題がどーたらこーたらっていう感じの話から、そのほかにいたるまでいろいろする授業のようです。

日曜の授業は「お母さんへの請求書」って話だったらしいくです。

内容は、子供がお母さんへお手伝いの請求書を書くのです。
「洗濯100円、買い物100円、習い事へ行った200円、合計400円」と。

お母さんは子供にその紙と一緒にお金を渡しました。

喜んだ子供が自分の書いた請求書を見てみると、自分の書いた部分の下にお母さんからの請求書が書いてありました。

「風邪を引いたとき看病しました 0円、ご飯を作りました 0円、お洋服を買ってあげました 0円、合計0円」と。

それを見た子供は泣いてしまいました。

というお話だったそうで・・・。
あおちゃんたちにはあらかじめお母さんへの請求書を書いてもらってあったそうです。
そして、その話を聞いてもう一度請求書を書きましょうという授業の流れです。

感動のお話ですよ。

ええ。


あおちゃんの最初の請求書
「洗濯たたみ10円、お片づけ10円、お風呂掃除10円、合計30円」だったそうです。

話を聞いてからの請求書
「洗濯たたみ10円、お片づけ10円、お風呂掃除10円、合計30円」

リアル過ぎる上に、何も代わってないんですけどぉぉ?ヽ(。・ω・。)ノ

みずくんの最初の請求書
「今までの洗濯物たたみ1か月分30日×30円 合計1000円」

話を聞いてからの請求書
「今までの洗濯物たたみ1か月分30日×30円 合計1000円」

こら、ちゃんと授業きいてんのか?
みずくんにいたっては掛け算おかしいだろう。
おおざっぱすぎるだろうーー!しかも過去にさかのぼって適当に請求とはどういうことだ。
さすが空気読めない2人、おかーちゃんビックリ。
授業だから実際にはもらえないとわかっていても欲望が前にでちゃうのね。
他の子も対して代わらずだったようで、中には数万円の請求をしてた子もいたらしいので、まだかわいいほうでしょうか。


・・・・・・。


ああ、いかなくてよかった(。・ω・。)




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プロフィール

名前:みなみ
2005年9月20日生の♀♂双子のママです(*´∀`*)
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